執筆者 iesunoakashibito | 9月 30, 2022 | 時をこえて 365
砂漠のオアシス 二〇一四年八月十四日 ひとしずく一六四四 私はここ数日、道の駅で車中泊をしています。そして道の駅で車中泊するようになって気づいたことがあります。それは意外にも、車で夜を明かす人が多くいるということです。夜、駐車場に行くと、いつもほとんどの駐車スペースはいっぱいです。車のウィンドウから見える運転者の人達は、多くがその場所で泊まろうとしている人たちです。...
執筆者 iesunoakashibito | 9月 30, 2022 | 時をこえて 365
砂漠のオアシス 二〇一四年八月十四日 ひとしずく一六四四 私はここ数日、道の駅で車中泊をしています。そして道の駅で車中泊するようになって気づいたことがあります。それは意外にも、車で夜を明かす人が多くいるということです。夜、駐車場に行くと、いつもほとんどの駐車スペースはいっぱいです。車のウィンドウから見える運転者の人達は、多くがその場所で泊まろうとしている人たちです。...
執筆者 iesunoakashibito | 9月 28, 2022 | 時をこえて 365
たとえ枯れようと 二〇一二年九月二十八日 ひとしずく九五〇 美しい花がしぼんでいくのを見て、何故花はしぼむのか?と疑問に思ったことがあります。どんなに美しく咲いても、半日ほどでしぼんでしまう花さえあります。 しかし、その美しい花がどんどん勢いを失い、完全にしぼんで枯れてしまっても、記憶の中に、その花の完璧な美しさがそのままの形で残っているのです。 そして、翌朝、または翌年、記憶通りに同じように完璧な形の美しい花を見ることになります。つまり、花の時期はとても短いものですが、その花の完璧な姿は、ずっと記憶に残っているのです。...
執筆者 iesunoakashibito | 9月 27, 2022 | 時をこえて 365
地を継ぐ者たち 二〇一二年九月二十七日 ひとしずく九四八...
執筆者 iesunoakashibito | 9月 26, 2022 | 主との歩み, 時をこえて 365
主によって力づけられる ひとしずく一六二一 戦いの最中で、意気阻喪しそうに なった時に、もしかしたら、この話が助けになるかもしれません。これはダビデが、遠征に出ていた時、帰ってきたら、自分の家族、また全ての財産が略奪されていた時の聖書の話です。...
執筆者 iesunoakashibito | 9月 25, 2022 | 時をこえて 365
主の警告に耳を傾ける 二〇一四年 ひとしずく一六四七 先週起った広島の土砂崩れで、特に被害が激しかった安佐南区八木の旧名が、「蛇落地悪谷」(じゃらくじあしだに)であったという記事を読みました。なるほど、先人達は地名を通して、すでに警告を与えていたのだとわかりました。...
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