ダーク・トゥ・ライト

闇から光へ

「光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。」

(ヨハネの福音書1章5節)

父のひとり子としての栄光

父のひとり子としての栄光  …わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。(ヨハネ 1章14節b) ウィキぺディアには、「栄光」の意味として、「一般には人が成功・勝利などによって他人から得る好意的な評価のこと」とあります。他の辞書には「輝かしいほまれ」とあります。 ヨハネの福音書には、人(肉)となった神(ロゴス)の内に、栄光を見た、父のひとり子としての栄光を見た、とあります。ギリシャ語の原語で「栄光」は、doxa(ドクサ)。その元来の意味は、「人の意見、評価」です。...

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言は肉体となり

 言は肉体となり そして言(ロゴス)は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。(口語訳 ヨハネ 1章14節a) ことば(ロゴス)は神でした(ヨハネ1章1節参照)。宿ったというのは神が人となってこの世に来てくださったということですが、「神のひとり子としての栄光に満ちていた」とあるので、人となっても神としての性質を保たれ神の栄光で輝いていたのです。 口語訳では「言は肉体となり…」となっていますが、新改訳Ⅳでは「人」新共同訳では「人間」となっています。原語は「肉」です。...

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神によって生まれる

 神によって生まれる それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。(ヨハネ 1章13節)  それらの人というのは、イエス様を信じた人たちのことです。この節の重要な点は、「神によって生まれた」ということです。聖書の他のところにもこうあります。 …父は、わたしたちを、…真理の言葉(ロゴス)によって御旨のままに、生み出して下さったのである。(ヤコブ1章18節)...

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神の子となる力

神の子となる力 しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。(ヨハネ 1章12節) 彼(イエス)を受け入れない者は、闇の中にとどまることになるのに対し、「彼を受け入れた者、その名を信じた人々には、彼(イエス)は神の子となる力を与えた」とあります。ちなみに「その名」とは「イエス」のことですが、へブル語で「イェシュア(Yeshua)」その意味は、「神(主)は救い」です。...

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すべての人のための光

すべての人のための光 すべての人を照すまことの光があって、世にきた。 彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。 彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。(ヨハネ1章9~11節) この聖句の前の8節では、バプテスマのヨハネは「光ではなく光についてあかしをするために来た」とあります。それに対して、ここ9節では「まことの光が世に来た」と言っています。この世に来た光こそ、救い主、イエス・キリストです。...

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光についてのあかし

光についてのあかし ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。 この人はあかしのためにきた。光についてあかしをし、彼によってすべての人が信じるためである。 彼は光ではなく、ただ、光についてあかしをするためにきたのである。(ヨハネ1章6~8節) このヨハネは、バプテスマのヨハネと言われているヨハネのことであって、このヨハネの福音書を記したイエスの12弟子のヨハネのことではありません。(ヨハネ1章24節 参照)...

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光とやみ

光とやみ この言(ロゴス)に命があった。そしてこの命は人の光であった。 光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。(ヨハネ1章4,5節) ここで命について述べられています。ヨハネの福音書の1章14節を読むと「言(ロゴス)」は「父のひとりご」であるとあるので、神のひとりごであるイエス様のことであるとわかります。 そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。(ヨハネ1章14節)...

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ロゴス

ロゴス パート1 初めに言(ロゴス)があった。言(ロゴス)は神と共にあった。言(ロゴス)は神であった。この言(ロゴス)は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。(ヨハネによる福音書1章1~3節) 新約聖書の原本は、ギリシャ語で書かれていました。そしてこの「言」(口語訳聖書)「ことば」(新改訳聖書)と訳された原語は「ロゴス(λόγος,logos)」です。...

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嵐に耐え得るために

嵐に耐え得るために 阪神大震災から24年となりました。そして8年前の東日本大震災から今まで、多くの地震や津波、噴火や洪水に見舞われてきました。聖書の預言によれば、これからますます、こうした自然災害は世界のあちこちで起こってくるでしょうし、自然災害ばかりか、世界の経済や政治も混沌としてくることと思います。 このような変化の波が、自分の身近なところまで迫っているように思うと不安を感じてしまいますが、神の御言葉にある約束を思うと平安が与えられます。...

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はじめに

はじめに ひとしずくという日々のデボーショナルなメールの配信を受けているある人から、 ヨハネの福音書についての解釈をお願いされました。私は、一介の伝道者で、学者でも神学者でもありませんが、聖書の学びを通して、神の真理に触れることに、非常な喜びを抱いている者です。  ...

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