十月四日 荷物のかたわらにとどまる人たち (ひとしずく六〇七)

 ダビデは自分の主君イスラエルの王サウルの手を逃れていました。それは、サウルが国民の人気を集めているダビデによって自分の王位を失ってしまうことを恐れていたからでした。

ダビデはもはや逃げ場がなく、手勢わずかの軍と共にサウルの敵であるアキシ王(ペリシテの王)のところに身を寄せていまし た。

 アキシ王及びペリシテの他の王たちは、イスラエル、つまりサウル王との戦いに、ダビデとその兵士を連れて行くことを許さなかったので、ダ ビデとその兵士たちは、自分たちがいたチクラグという町に戻って行きました。しかしその町は火で焼かれ、妻や子供たちは捕虜となって連れ 去られていった後 でした。それはアマレク人の略奪によるものでした。

 それで、ダビデとその兵士四百人は、後を追いかけることにしたのですが、その時、疲れて一緒にアマレク人を追撃することができない二〇〇人は、そこに留まって荷物の番をすることになりました。

主は、ダビデと兵士らを助けてくださり、夜には、アマレクの略奪隊の宿営地にたどりつくことができました。 アマレクの略奪 隊は、分捕りものの故に、浮かれ騒ぎをしていました。 そこを狙ってダビデは急襲をかけ、女子供たちを無事救出することができたのでした。 その略奪隊によって奪われた物を取り返した他、アマレク人からの分捕り品も持って帰りました。疲れてしまってダビデについて来れず、荷物の番をしていた二〇〇人の兵がダビデや彼と 共にいる兵たちを迎えました。ダビデは迎えてくれた民に近付きその安否を尋ねましたが、ダビデと共に行った者の中でよこしま者たちはこう言いました。「彼らはわれわれと共に行かなかったのだから、われわれはその人々にわれわれの取り戻した分 捕り物を分け与えることはできない。ただおのおのにその妻子を与えて、連れて行かせましょう。」それに対してのダビデの答えは次の通りです。「兄弟たちよ、主はわれわれを守って、攻めてきた軍隊をわれわれの手に渡された。その主が賜ったものを、あなたがたはそのようにしてはならない。だれがこの事につい て、あなたがたに聞き従いますか。戦いに下って行った者の分け前と、荷物のかたわらにとどまっていた者の分け前を同様にしなければならない。彼らはひとしく分け前を受けるべきである。」この日以来、ダビデはこれをイスラエルのおきてとしたということです。(サムエル記上三〇章)

 物ごとを成すのに、人目に明らかな行動を起こす役割を果たす人もいれば、反対に、目立たない役割を果たす人もいます。そ して一見、物事 は、前線に出て働く人々の手によって成されているように見えます。しかし、実はそれらの目立たない仕事をしてくれている人たちのお蔭で、 物事がなし遂げられていることがほとんどだと思います。人目に付く付かないで、仕事の重要さを量ることなどできません。しかし現代の社会はどうでしょう? 人目につく仕事をしている人だけが報いを受け、陰での仕事をしている人は労苦が認められないという場合が多いような気がします。陰の仕事があるから、人前で輝く人がいる のです。現代にも、このダビデの造ったおきてが通用すべきだと思います。出て行く人、 荷物を守る人は、皆同じ分け前をもらうべきだと。

人からの誉も受けず、陰で働く人たちの謙遜で尊い働きに、主が大いなる祝福をもって、報いて下さいますよう に。

目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、からだのうちで、他よりも見劣りがすると思えるところに、ものを着せていっそう見よくす る。麗しくない部分はいっそう麗しくするが、麗しい部分はそうする必要がない。神は劣っている部分をいっそう見よくして、からだに調和をお与えになったのである。それ は、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。(第一コリント十二章四~七節、二一~二互節)