反撃

わたしたちは、肉にあって歩いてはいるが、肉に従って戦っているのではない。 わたしたちの戦いの武器は、肉のものではなく、神のためには要塞をも破壊するほどの力あるものである。わたしたちはさまざまな議論を破り、 神の知恵に逆らって立てられたあらゆる障害物を打ちこわし、すべての思いをとりこにしてキリストに服従させ、 そして、あなたがたが完全に服従した時、すべて不従順な者を処罰しようと、用意しているのである。(第二コリント 10章3-6節)...

ふりかえって見てはならない。

彼らを外に連れ出した時そのひとりは言った、「のがれて、自分の命を救いなさい。うしろをふりかえって見てはならない。低地にはどこにも立ち止まってはならない。山にのがれなさい。そうしなければ、あなたは滅びます」。(創世記 19:17) ロトの妻のことを思い出しなさい。 自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである。(ルカ...

手入れの時

ひとしずく 4107-手入れの時 主は、宮に来られた時、鞭をもって両替人を宮から追い出されて宮を清められました。 今も、主は、教会から真のエクレシアを呼び出されてその召しを行わせようとしておられると思います。  そしてその清めの裁きは始まっていると思います。コロナは教会のために用いられたのだと言っている人がいます。  主はこれからの時のためのエクレシアの特別な任務のために備えておられ、彼らがその実を結ぶことができるように、手入れがなされているのだと思います。  わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。...

荷物のかたわらにとどまる人たち

十月四日 荷物のかたわらにとどまる人たち (ひとしずく六〇七)  ダビデは自分の主君イスラエルの王サウルの手を逃れていました。それは、サウルが国民の人気を集めているダビデによって自分の王位を失ってしまうことを恐れていたからでした。 ダビデはもはや逃げ場がなく、手勢わずかの軍と共にサウルの敵であるアキシ王(ペリシテの王)のところに身を寄せていまし た。  アキシ王及びペリシテの他の王たちは、イスラエル、つまりサウル王との戦いに、ダビデとその兵士を連れて行くことを許さなかったので、ダ...
モリヤ山で

モリヤ山で

信仰によって、アブラハムは、試錬を受けたとき、イサクをささげた。すなわち、約束を受けていた彼が、そのひとり子をささげたのである。 この子については、「イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれるであろう」と言われていたのであった。 彼は、神が死人の中から人をよみがえらせる力がある、と信じていたのである。だから彼は、いわば、イサクを生きかえして渡されたわけである。(ヘブル...