救われる者と救われない者の違い
からの訳:
質問:
さばきの日と、救われる人の数について質問があります。マタイ7章12–14節にある「正しい道を見いだす人」と「見いださない人」とでは、人数に大きな違いがあるのでしょうか。それとも、その差は非常に大きいのでしょうか。また、この二つの集団の本当の違いは何なのでしょうか。
返信:
この問題全体を一言で要約するなら、次のようになります。
1)どれほどの人が救われるのでしょうか。
答え:実にごく少数です。
「招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない。」(マタイ22章14節)
2)彼らはどのようにして救われるのでしょうか。
答え:イエス・キリストに対する信仰を通して与えられる神の恵みによってです。
二人を外へ連れ出して言った、「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか。」二人は言った、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒行伝16章30-31節)
3)救われる者と救われない者との違いは何でしょうか。
答え:救われる者は悔い改め、御子イエス・キリストへの信仰を通して神のもとへ来ようとする者です。救われない者は悔い改めようとせず、御子イエス・キリストへの信仰を通して神のもとへ来ようとしない者です。
さばきというのは、こうである。光(すなわちイエス・キリスト)が世に来たのに、人々はその行いが悪かったために、光よりもやみを愛した。悪を行う者はみな光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のもとに来ない。しかし、真理に従って行う者は光のもとに来る。それは、その行いが神にあってなされたことが明らかになるためである。(ヨハネ3章19-21節)
4)救われる者と救われない者との永遠の状態には、どのような違いがあるのでしょうか。
答え:その違いは非常に大きく、永遠のいのちと第二の死との違いです。
「よくよくあなたがたに言っておく。死人が神の子の声を聞き、その聞く者が生きる時が来る。今やその時は近づいている。父がご自身のうちにいのちを持っておられるように、子にもご自身のうちにいのちを持つことをお許しになった。また、子は人の子であるゆえに、さばきを行う権威をお与えになった。このことを不思議に思ってはならない。墓の中にいる者がみな、その声を聞く時が来るからである。そして出て来る。善を行った者(すなわち、イエス・キリストに忠実に従い続けた者)は、いのちのよみがえりに、むなしいことを行った者は、さばきのよみがえりに。」(ヨハネ5章25-29節)
救われる者と救われない者との違いは、あらゆる点において非常に大きなものです。なぜなら、それは少数と多数との違いであり、信じる者と信じない者との違いであり、神に従う者と神に従わない者との違いであり、生ける者と死んだ者との違いだからです。そして、これらすべての決定的な違いの根本にあるのは、イエス・キリストに対するその人の態度です。生涯を通じて信仰と従順をもって主に従う者は救われ、主とともに永遠のいのちという栄光ある未来を生きます。しかし、主を拒む者は救われず、かえってさばきを受けることになるのです。
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Bob L.